1月13日(串木野)


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10:10-11:30 天気:あめ時々くもり 海上:うねりあり 風:北西〜北の風かなり強し



いやー、今日は寒い1日でした。こういう日はコタツにもぐり込んで外の景色を眺めながらサツマアゲをつまみにお湯割りの焼酎でも 飲んでいたいもんです(笑)
そんなことを考えながらドック入り中の甑島商船の「シーホーク」の代船「たいよう」を 撮影するために串木野へ行ってきました。ついでに時化た中を走る「フェリーニューこしき」も撮影しようと思っていたのですが、何と全便欠航!! うー、もしかしたら・・・と思っていたのが現実になってしまいました。串木野へ行った日に欠航になったのはこれで3回目。ふぅ。 種子・屋久航路なとも欠航したから仕方ないか。できればもう少し早く決定してくれれば助かるんですけど。朝の7時くらいとか・・・。
いつも撮影に行く白浜の様子です。大きなうねりが次々と押し寄せてきていました。


ちょうど大きな波がたちやすいポイントなんでしょう。この寒い中サーフィンをしている人達が!数えてみると全部で15人くらいいました。 去年の同じ頃にも見かけたな〜、そういえば。


この時期に串木野の地下石油備蓄基地では2年に1回施設の点検やら、訓練やらを行なうようで、準備なのかそれとも後片付けなのか、沖合いに浮かべる ブイを陸揚げしているところでクレーン車を使って作業をしていました。


毎年この時期にやって来る安田産業汽船の「たいよう」です。時化のために今日はお休み。
しかし、わざわざ長崎の大村湾からやって来るとはご苦労なことですねぇ。


甑島の里村の甑洲と言う会社のガット船「第一甑洲」(199t)です。甑洲←と書いてなんて読むか分かります?最初は全く分かりませんでした。 「そしゅう」って読むようです。前見た時はデッキに乗用車を積んでいたけど、今回はありませんでした。クレーンで積降をするのでしょうね。 自転車はよく積んでいますが、自動車を積んでいる船を見たのは初めてだったのでびっくりしました。うん。
この「第一甑洲」の前名は「第十一北洋丸」と言って鳴門市の会社が所有していた船です。


地下石油備蓄基地のブイを沖合いに設置・撤収する作業時のダイバーの母船となるのがこの広瀬産業海事工業所(北九州市)の「幸成丸」(143t)です。 02年の時は同じ会社の「幸鳳丸」(現在は引退しています。)でした。どちらの船も味のある造りです。


今日は巡視艇が2隻とも岸壁につけていました。「きりしま」と「とから」、久しぶりに見かけたような気がします。左の方の船は高知県水産試験場の 海洋調査船「土佐丸」(214t)です。


「幸成丸」のブリッジをアップで撮影です。何となく漁船を連想するような造りですね。
こういう作業船はあまり目にすることがないので見かけるとうれしくなります。しかもこの船のように少し古かったりするとなおさらです。 ちなみに前名は「第八勝榮丸」という船名だったそうで。


寿工業の岸壁に押船が着けていたので、船名を確認してみると解読不可能な文字が・・・。良く見てみるとシャム文字(タイ文字)でした。 なんて書いてあるかは分かりませんでしたが。船籍はバンコクになっていたので、海外売船になった船なのでしょう。


おおっ!?木造船発見です。しかも探していた里村船籍の「光代丸」(49.4t)ではないですか!いやー、ラッキーでした。
この何ともいえない独特の雰囲気が良いですねぇ。竣工は1968年ですので木造船の中では若い方になります。ちなみに20総トン以上の日本生まれの 木造船で一番古いのは愛媛県関前村に籍を置く「第五こんぴら丸」(36.4t)で何と1931年の進水です。1度この目で見てみたいものです。 でも、もしかしたら20総トン以下でもっと古い船がいるかもしれません。


先出の「土佐丸」です。こういう調査船や取締船なども滅多に見られませんねー。各地に行けば見られるかもしれませんが、そうはいきませんもんねー。


串木野の魚市場(?)にいたのは白と黒のニャンコさん。ベンチの下で毛繕いをしていました。時には魚をもらえたりするのかな??

撮影データ:ファインピックス

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